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【新年特別企画】まちのひと審査会グランプリ「ぶっきちょ」受賞者インタビュー

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恒例となりました『東京神田神保町映画祭の新年特別企画』第1弾は、

まちのひと審査会グランプリ受賞作品「ぶっきちょ」の遠藤健一監督(写真中央)と山田賢司プロデューサー(写真右)をお迎えしてのインタビュー。
インタビュアーは、特別審査会にも審査員でご参加頂きました東京古書組合理事長の佐古田亮介(写真左)さんです。

佐古田:まずはまちのひと審査会グランプリおめでとうございます!

いやー、面白かったです。僕は普段あまり映画を見ないのですが、
今回、審査した作品のなかでは、一番好きです。

遠藤:ありがとうございます。技術的なことや専門的なことより、面白かったと言われるのが一番嬉しいです。

 

ータイトルの由来について

佐古田:さっそくなんですが、あの「ぶきっちょ」というタイトルは、どんな意味合いというか、思いを込めてつけたんですか?

遠藤:今回の短編映画は、兵庫県の相生市を盛り上げようというきっかけで作った映画なんですが、

   僕としては、相生というよりも「人」を描きたいというのがありましたね。
  貧乏とかそういうんではなく平凡な日常の人を描くのに何がいいかなって考えた時に、日本人って不器用だなって思うところがあって。
  何でしょうね…“照れ”というか。
   不器用をもう少し可愛らしい感じにした「ぶきっちょ」がいいと思いました。
  「ぶきっちょ」っていうのは、一応全国的に使われている言葉みたいですが、
   調べてみたら茨城県が発祥みたいですね。

佐古田:相生を映画で盛り上げたいと思ったきっかけはなんでしょうか。

 

山田:僕の出身が相生なんですけども、地元にお店を一軒出させてもらっていて、
それが思いのほか繁盛したので、なにか恩返しできないかなぁと考えてまして。

 

ー「地元の子どもたちに芸能を身近に感じてもらいたい」ー

 

山田:4年前に相生市に文化ホールができるっていうのを聞いて。それも30何億もかけた立派なホール。
  近隣の市にはすでに文化ホールがあって、演歌歌手やいろんなイベントをやってて、
  相生にも文化ホールができるって聞いたときに僕もともと役者をやってたので、
  映像とか映画の方にも知り合いがいたりして、映画で盛り上げたいって気持ちになり、遠藤監督に相談しました。
  遠藤監督とももう15年くらい前からのお付き合いになりますかね。

将来は相生出身の監督さんとか女優さんとかそういう人が出て、
子供たちに相生におっても、芸能・映像の世界は、
もっと近いんだよっていうのを感じてもらい。
田舎にいたら遠い世界みたいな感じなので。

山田:それで、僕は市長に「せっかく立派な文化ホールができるんやったら、
  何か文化的なことをしませんか。」って話をしに行って。
  最初は僕が全部やるから、とりあえず4年間は黙ってみといてくれって言いました(笑)

 

遠藤:相生という町を盛り上げるにあたって、 山田プロデューサーと共に「アイオイチャンネル」というレーベルを立ち上げて、
  まずは「おらが村おらが町でこんなことができるんだよ」
  というのを知ってもらうために、短い作品を4本つくってYoutubeで公開したり、上映会もしました。 

最初に山田プロデューサーから相談をされたときに、いくつかあったんですけど
フィルムコミッションのようなことをやってはどうかと僕から提案しました。
僕は普段、助監督の仕事をしているので、撮影でいろんな地方とか
回らしてもらったときに撮影を誘致してる自治体も多く知っていて。
撮影隊からすると何がいいかって、やっぱり許可が下りやすいとか、
撮影しやすいところがいいと思うので、行政にも話しているっていうのであれば、
「撮影隊に優しい街。撮影しやすい街」ということで、僕から提案させてもらいました。
いまは積極的にやっている訳ではないんですが、コンスタントに作品をつくって、
みてもらっていくうちに「やりたい」と思う人がどんどん増えてくると
思っているので、自然な形で流れができたらいいなとは思いますね。

佐古田:そういった意味では撮影はしやすかったんですか?

山田:そうですね。病院のシーンは、市民病院なんですけど、使うからって言ったら、ちょっと患者どっかに動かそっかとか(笑)
   そういうところは全然協力してくれるし(笑)

遠藤:病室でタバコ吸ってますからね(笑)あれは脚本には全然書いてないんですけど、
  実は当日に確信犯のように追加したんですよ。うちの祖父が目の病気で、入院したときに、一緒にいた祖母に煙草に火をつけさせて、
  窓開けろって言って煙草を吸ってたっていうイメージがあるので。

佐古田:なるほど(苦笑)相生で全部撮影されたんですか?

山田:そうです。スナックのお店は、友人から借りました。

遠藤:撮影で貸してくれた方は、上映会とかで見てもらったときとかも
   自分の店が出ると「あれ、うちの店」と言って喜んでくれたりしますね。

佐古田:地元の方も自分たちの知っているところがでたりすると嬉しいんじゃないですかね。

遠藤:そうですね。僕は外の人間なのでとくに、建物とかも「味わいがあっていいな」とか思うんですけど、住んでらっしゃる方は全然思わないみたいで。

佐古田:いつも見慣れてるから、気が付かないんでしょうね

遠藤:そうだと思います。映像はあとに残るので、それはいいかなって思います。

  神保町もすごい風情があっていい街ですよね。
  このまえの授賞式のときに裏通りを歩いてみて、
  この階段でなんかできないかなぁって想像したりして

佐古田:キャスティングが凄くよかったなぁと思うんですけど、どのように配役をなさったんですか?
   監督のビジョンというか、そういったものをもとにして探されていったんでしょうか?

遠藤:主演の浪花ゆうじさんだけは決まっていて、彼がこんな役を演じたら面白いんじゃないかなと思って、脚本を書きました。

佐古田:そうでしたか。どうりでぴったりハマってると思いました。

遠藤:はい。あとは今回思いがけず、キャスティングをやっている人が手伝ってくれることになって。その人とは長い付き合いなんですけど。

僕としては、ただ脚本ができたので、その客観的な意見がほしくて、見てもらったんですが、勝手にキャスティングまで始めちゃったんですよね(笑)何人かの写真が送られてきて、娘役にどうかって(笑)「これはしめた!」と思いましたね。

佐古田:へぇ。キャスティング専門の方がいらしたんですね。

遠藤:最初は「手伝わない」って言っていたんですけど…「遠藤のためじゃない俺は本を気に入ったから手伝ってやってるだけで、

   遠藤のためじゃないからって…何度も...(笑)

佐古田:やっぱり人と人との繋がり、なんですかねぇ

遠藤:そうですね。その人が本気で動いてくれたので助かりました。宮地真緒さんとかはまさにピンポイントで(笑)

山田:たぶん無理だよね…。安いから。予算ないしって言ってたら。「その条件で出演OK」って返事が来て。
  今回はキャスティングの原田さんが入ってくれはったお陰で皆、
  関西出身の方で配役できたんで、現場も和気藹々として楽しかったですね。

遠藤:そう、僕は東京なのですが、キャストの方は皆関西出身で、いつもは東京で活動してて普段は標準語でお仕事してるので、

  逆に新鮮で楽しかったって言ってくれました。あと主役の藤村聖子さんも、どちらかというとお嬢様みたいなイメージがあって。。。
  今回の「つばさ」役は新鮮だったと言ってくれましたね。

山田:「つばさ」役は地のままです。多分(笑)

 

ー助監督の経験を活かして

遠藤:僕自身はずっと助監督をやってきているのですが、映画のことは全部業界に入ってから勉強しました。

ただ助監督をやってると忙しすぎて、監督をやる機会がどんどん無くなってきてるような状態で。
いまは昔と違って、助監督をやったからって監督になれる時代でもないので。
きっかけをつくるのは大変だと思います。

佐古田:そうなんですか…。だいたい昔はどっかの監督について何年か下積みをして、
  それから監督っていうイメージがあるんですが、いまはそうじゃないんですね。

遠藤:はい。今は自主映画とかを映画祭に出して賞をとったりしたのを誰かがみて、商業のほうに声がかかるっていうのが多いものですから。

僕は46歳になりますが、監督デビューとしては遅い方ですね。
もう少し若いときから、自分で映画をつくったりすれば良かったのかもしれないのですが、

どっちかというと自分が撮りたいという感覚はあまりなくて。何かの「イベントに参加したい」という感覚に近いんですよ。
僕が入ったころは、まだフィルム撮影をしていた頃で、「映画はあとに残るもので、テレビは今を映すものだ」って誰かが言っていたのを聞いて、
だったら後に残る方に行こうかな、っていうことで映画の道に飛び込みました。

佐古田:監督は今回、脚本も書かれているんですか。

遠藤:はい。普段あまり書いていないのですが、仕事でいろんな脚本に触れているので、奇をてらったものは書けないですけど、
   オーソドックスなものは書けるなって思ってたので。

   昔からよく脚本のことで監督と徹底的に意見を戦わせたりして、監督を打ち負かすくらいの準備をしていたので、本づくりは自然と身についたと思います。
今回の脚本は最初15分くらいの短いものを2本書いてましたが、山田プロデューサーの意向で30分くらいに広げて、1本にできませんか?と言われました。
最初はお父さんをメインに書いていたんですが、それだと話が足らないので、娘をメインにした話に書き直して、今回の脚本になりました。

親父は生き方が不器用。娘は思春期ならではの不器用。
お互いにぶつかることで、「人」を描けたらよいなと。

なので、浪花ゆうじさんをメインで書いていたのに、結果的に娘の方がメインになってしまったという(笑)

佐古田:でも、よかったんじゃないですかね。

  娘と相対して、「んん」って何も言えなくなっちゃうところとかは、
  不器用な感じが出てよかったと思います。

遠藤:僕の地域にはそういう方がたくさんいらっしゃって、例えば僕らと一緒に暮らしてた韓国の方で「お父ちゃん」って呼ばれて親しまれていた人も

声を出して怒りたいんですけど感情が高ぶって、「んぅ…んっ」っていう感じで(笑)
手が先に出ちゃうっていう。だけど、日ごろは優しくて人想いっていう…そういう方を一杯見てたんで。
どっちかというと語らずに人柄が出てしまうというか、
そういう人物っていうのは意識しましたね。

佐古田:父親って言うのは娘にはああいう感じになると思うんですよね(笑)
   僕も女の子が産まれてたら、どう扱っていいか困ったろうなぁと思います(笑)

遠藤:実際に書いたものが映画になって、お客様に見てもらって、

自分の想像を超えた反応や感想をもらえたりしたので、それが今回やってみて一番の発見ですね。
神保町映画祭1日目の上映会のときに、泣いていたお客さんがいたんですよ…
笑いのツボは意識して書いているんですけど、何というか…泣かしてしまってすみません…みたいな罪悪感を感じましたね。

佐古田:何か琴線に触れるところがあったんでしょうね。でも泣かせるって笑わせるより難しいですよ…

遠藤:たぶん初見ではなくて2度目とかで、少し余裕があって観た方で、何かのセリフがひっかかったんだと思うんですけどもね…。
  なんか申し訳ない気持ちになりました。

佐古田:やっぱり感情移入しやすいから、登場人物にシンパシーを感じて泣いたり笑ったりしやすいのかもしれないですね。

 

ー助監督は天職。後輩たちを応援したい。
佐古田:今後も監督として映画づくりをされていきますか?

遠藤:いまのところは相生市限定で(笑) 監督をやるのは正直悩みました。
  でも山田プロデューサーから背中を押してもらえたのはすごく有難かったです。
  今回自分が一歩踏み出したことで助監督の後輩たちにも自信を持って、「どんどんやれ」って言えるようになったし。 ‎
‎  そういった意味では、このアイオイチャンネルで今回とてもいいラインが築けたと思っているので、
僕ばかりが監督をやるのではなく、
なかなか機会をつくれないでいる若い人たちが監督をやるきっかけが作れたらと思います。


佐古田:では他のところではやらないのですか?

遠藤:いまのところはそうですね。
 僕は助監督の仕事が好きだし、この歳まで辞めずに続けてこれたのは天職だと思ってるんですよ。
 だから正直、監督よりも助監督をやっていたいです。さっき少しお話したように監督になる過程が昔とは違ってきたことで、
 自主映画から監督にあがった人と長く業界にいる人との間で対立というか深い溝のようなものができる場合もあります。
 助監督経験の無い監督は助監督に何をお願いすればいいのかを分かってないですし。スタッフとの共通言語が使えなくなってしまっています。
 いまは少しよくなりましたけど。僕の立場でそういった若い監督たちをサポートしていくことができたらいいなと思ってます。

 

ーまちのひと審査会グランプリ受賞をして
遠藤:いつも助監督でやってるときは、監督たちとバチバチ意見を戦わせている立場でもあるので。
いざ自分が監督やってうまくいかなかったら、助監督としても後戻りできなくなるじゃないですか…。だから今回受賞できて正直ほっとしています(笑)

山田:「ぶきっちょ」で受賞できたことは市長に報告にいきました。
 地元に帰るたびに行って「どうだ、すごいやろう」って僕がやってるもんで
 市長も広報の方もだいぶん乗り気になってくれててます。

「相生のことを思って動いてくれてるんは、山田しかおらん。お金以外の協力はする!」みたいなね(笑)

遠藤:そう、実は今までに制作した作品は全て山田プロデューサーの自腹でつくっています。
 僕ができることは賞をとってお返しするってことくらいなので。受賞できてよかったです。

結局、短編映画だと興行として映画館で流すっていうのが、なかなか難しいので
Youtubeで流したり映画祭に出品するだけで、収入とか利益とか全く度外視でやってらっしゃるので、その辺はもう僕らは頭が下がりますね。

山田:もう少し知名度が上がっていけば協賛とかお金の話もできますけど。いまは実績作りっていうか。
  相生にペーロンっていう船漕ぎの祭りがあるんですけども、
  2022年で100周年なんですよ。

そこまでに僕らが頑張って知名度を上げて、僕らに相生市の映画を撮らせてくださいっていうのを今ずっと言ってるんですよね。
アイオイチャンネル立ち上げて、今年で5年目になるんですけど、その目標にむかって続けていきたいですね。

 

ー2018年の抱負はなんでしょうか?
山田:地元相生市で映画祭が開催できる様に土台作りをしていきたいと思います。
  次回作も控えているので、それもまたノミネートされるように頑張ります

遠藤:僕は今年も引き続き、相生から作品を発信して行くこと。それから助監督の後輩たちが作品を作れるように道を作ることです。

 

 

 

-長時間のインタビューどうもありがとうございました!

今回のインタビュ―は、第3回東京神田神保町映画祭の会場でもお世話になった「コトブキシーティング株式会社」様ショールームからお届けしました。

ただいま映画祭スタッフによるコトブキシーティング様の魅力をご紹介する記事を準備中です。
詳細は近日公開予定ですので、どうぞお楽しみに!

 

 


インタビュ―を終えての感想  佐古田亮介

山田プロデューサー、遠藤監督にお話をうかがって、お二人とも「映画バカ」そのものだと感じました。もちろんこれは誉め言葉としての「バカ」。 関西生まれの山田さんには「アホ」の方がよいかもしれませんが。 山田さんが俳優だったことは今回初めてしりましたし、製作費も全部出しているとのこと。お店の社長だそうですが社員が聞いたら「アホ」言うのとちゃいまっか、と心配にもなります。 ところが本人は映画について話せば話すほど熱くなって、生まれ育った相生市のことから町と文化の関係について、これからの計画へと次から次へと際限がありません。 遠藤監督はと言えば、「私は東京生まれで足立区です。」と関西からは距離を取ろうとしながらも、脚本は自分で書いて関西弁のセリフも関西の人にチェックしてもらいましたがあまり直しはありませんでした。などと余裕の関西通ぶりでした。 山田さんと知り合って相生通になってしまったようです。 映画作りへとのめり込む上では、新藤兼人監督との出会いが大きく影響しているように感じられました。監督と助監督との違いについて、今のように自主映画出身の監督が多くなってからの現場での変化などは、色々と考えさせられるものがあり、映画に対する熱い思いがビシビシと伝わって来たインタビューでした。2年ほど前からご縁がある 金高謙二監督の後輩と伺い、世間は狭いものだなぁと思いました。

 

遠藤健一(監督)
東京都足立区出身。日活芸術学院卒業後、製作部を経て助監督となる。新藤兼人、市川準、黒土三男、紀里谷和明、和泉聖治、深川栄洋、他多数の監督作品に関わる。プロデューサーの山田賢司が立ち上げた「アイオイチャンネル」作品の演出を担当している。
山田賢司(プロデューサー)
兵庫県相生市出身。姫路市にて自営業を経営しながら、相生市の活性化の為に「アイオイチャンネル」というレーベルを2014年に立ち上げて映画の製作している。2017年5月には相生市に出来たイベントホール(なぎさホール)にて映画上映会、コンサート等のプロデュースも行う。
佐古田亮介(東京古書組合 理事長)
1955年東京生まれ。1973年「都立鷺宮高校」卒業後、神田神保町の老舗古書店「一誠堂書店」に入店。13年9ヶ月勤めた「一誠堂書店」から独立。1987年3月に日本近代文学専門の古書店「けやき書店」を開業。目録通信販売を中心に即売展にも参加。今日に至る。2010年「月の匣」俳句会に入会。句作を始める。2014年から始まった「本にまつわる俳句大会」に3年連続入賞。2013年「神田古書店連盟」会長に就任。2016年古書店連盟会長を辞任し「東京古書組合」理事長就任。

 

 

 

インタビュ―:佐古田亮介
文:向日水ニャミ子
スチル:徳田 巌
協力:コトブキシーティング株式会社

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